親愛的更新日記2004から2018

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ロングライドお江戸行き後半浜田省吾篇

踏台
 翌朝は5時半に目が覚めたけど結局走り出したのは7時20分。まずは掛川城を見て走り出します。 




 R1をしばらく走ると小夜の中山トンネルへ。親近感を覚える名前です。07:44分
 



 R1がまた藤枝バイパスになるのですが、このバイパスが通れないためR81を通りR208に行かなければならないのになぜかR208が見つからずR209を行ってしまいました(原因はは横内まで行かず仮宿でR81に入ってしまったため。)。自分で地図を書き間違えたと思って。これが大失敗でいくらなんでもおかしいと気づき引き返してまたR1に戻りやっと208ハケーン。




 宇津の谷峡に9時半くらいに到着。初っ端からずいぶんロスしてしまいましたが、その後は割と調子よく進みます。昨日もそうでしたが平地ではだいたい30~35km/hくらいで巡航しています。ずっと追い風なのかそれとも道がずっと前方に傾斜しているのかと思っていましたが、傾斜しているならもうすでに海面下にいるはず、追い風もこれだけ続くはずはないし。ひょっとしてけっこう走れるようになっているのかも、と思いながら快調に走りました。

 しかし、清水を過ぎてもR1をずっと走っていましたが、由比を越えたあたりから急に自転車通行禁止に。それが事前にnoticeなしです。歩行者が通れないという標示が突然あって、そこを進むと選択肢なしにまた突然自転車が進めなくなりました。引き返すしかなくなります。
 ここは危ないながらもずっと走れると思っていたので誤算でした。仕方がないので迂回してR1から離れないよう走り、堤防沿いに出ることができ、この富士山に感激。この工場と富士山の取り合わせがとてもgood。イハラニッケイの工場のようです。工場萌え~な人々の中ではけっこう有名な景観のようです。







 しばらく堤防沿いに走るとR1と交わり、ここでまたR1を走ることができます。富士山を左に見ながら走るのですが、この富士山も本当に綺麗で日本人に生まれて良かったと本気でそう思いました。




 沼津市に入ったところでお昼のサイレンを聞き、箱根を前にして腹ごしらえ。

 昨日に続き朝食は珍しくしっかり摂っていますが「ここまでぬまず食わずで来た。」と家にメールしたいばかりに朝食後は補給なしでここまで走りました。バカみたい。その上メールの反応も良くないし。セブン-イレブンが数キロ離れて2件あったのですが、昼時のせいでどちらもレジが長蛇の列。並ぶのが嫌いな私はあきらめて空いているコンビニを探す。すると数キロ先のローソンが空いていてそこにしました。でも沼津はなぜセブン-イレブンなんでしょうか。私はどちらかというとローソンを選んでしまうけど。




 ここが上りはじめくらいで箱根まで14km。



 箱根はしんどかった。どちらかというと坂は好きなドMな私ですが、けっこうキツかった。西からの方が断然楽なはずなのにたいへんでした。ここまでの疲れが一気に出た感じです。ヘロヘロになって峠に到着。14時50分。しかしもっと自転車海苔が多いかと思いましたが西から上ってくる自転車には1台しか出会いませんでした。抜かれなかったのは良かったけど。




 母にメールしたら

 「雲助に気をつけなさい」

 って、何のアドバイスやら。

 GWの箱根はバカみたいに込んでいました。クルマもヒトもいっぱいでした。そのせいでよけながら走るのに神経を使いすぎて旧道の降り口を見つけられず通り越して箱根園の方まで行きウロウロしてしまいました。ここでもずいぶんロス。

 旧道の下りはかなりの傾斜ですが、ここを大学生が毎年正月に走っているなんて信じられないですね。あまりに葛折りなのでスピードも出せません。下りきって残り100kmくらい。小田原国府津のコンビニで補給。17時。

 この後も30km/h以上で飛ばしました。茅ヶ崎、江ノ島、というおしゃれな地名が出てきますが位置関係がいまいちわかりません。藤沢あたりで曲がるのですが、藤沢ってもっと西だったような気がしていやな予感がします。もしかして行きすぎてる? こうなったら横浜くらいまでこのまま海辺を走った方がイイ?

 と、思いましたが、果たして藤沢バイパスに出てきたのでR44に逸れ、白旗でR467を左折。

 

 日も暮れてきましたが467をひたすら北上。しかしなかなか246には出ません。早く246を走りたい。19時をすぎてコンビニで補給をしてひたすら走りますが、神奈川県は広い。いつまでたっても神奈川県が終わりません。永遠に神奈川県が続くんじゃないかという気がしてきました。ひょっとして東京なんて都市は本当は存在しないんじゃないかとすら思いました。なぜか246に入ってからはすっと頭の中は浜田省吾の「東京」が鳴っています。

 ♪東京~時代のせいにしないで~♪

 自分は東京で挫折して結局東京には受け入れてもらえなかった、というような気になってきました。東京というのはずっと憧れていたけど相手にしてもらえず適当にあしらわれてフられてしまった年上の大人の女性のような気がしてきました。私はそれをまだ二十数年間も追いかけてずっと引きずってきたのです。

 というようなバカなことを考え始めた頃、溝の口あたりで246の高架を通れなくなりそれが本線と離れて行くのでイヤな予感がしてきました。「ノクティ、ノクティ、ノクティ…」とカバディのように呟きながら走ると、また合流したのでホッとするのですが、川にぶち当たりその橋も通れない?これをどこまで迂回すれば良いのかと途方にくれていたら右側の歩道が通れるとの標識が。

 右側のスロープ付き階段を通ると橋に上がれました。橋の右端をずんずん進むと橋の真ん中あたりで「東京都 世田谷区」の標識がありました。20 時45分。

 「世田谷耕せ、世田谷耕せ」と唱えながらひたすらこいでいくと降り口にたどりつきました。橋を渡ると二子玉川、ニコタマでした。良かった~。降りたらまた神奈川県だったらどうしようかと思いました。

 ようやく馴染みのある地名が出てきたのですがそれでもこんどは渋谷までが長かった。しかし、246は台湾の、そう、ちょうど高雄から左營、永安に行く国道に少し似ていました。クルマ屋さんがたくさん並んでいるけど開いているのか閉まっているのかよくわからないという状態が。

 東京に入ると自転車乗りも少し増えてきました。上下ジャージのロード海苔やピスト糊がけっこういますが、とても相手にしている力は残っていないのでマイペースで走ります。

 やっと渋谷にたどり着きましたが、ちょうど109の上から交差点に突入するとは思いませんでした。この時期のこの時間にこんな場所はとても走りにくい。そうだ一応日本橋に行っておかなきゃと日本橋をいまさら目指します。

 日本橋、つまり一号線の終点に行き、宿泊地の四谷のホテルに到着したのが22時10分でした。二日間の走行距離は557.69km(大阪-京都間はプラス50km)、最高速度は51.5km/h、平均速度は24.0km/hでした。